2010/12/11

魔法少女ミラクル☆リリカ


『魔法少女ミラクル☆リリカ』

 転機というものはいつだって唐突にやってくるものです。
 かの有名な交響曲第五番「運命」のように、運命は激しく扉を叩くのです。善かれ悪かれ、それは何の前触れもなく、時には嵐のように人生を滅茶苦茶にし、また時にはモノクロームの人生を色彩鮮やかに変化させてゆくのです。
 私は今まで何の喜びもない生涯を過ごしてまいりました。学校に友達と呼べる間柄の人はいません。クラスでは完全に孤立し、クラスメイトから理不尽な迫害を受ける事もしばしばありました。
 特別勉強が好きというわけではないのに、いつの間にか植え付けられた、懸命に勉強をして良い大学に進まなくてはいけない、という漠然とした義務感だけで学校へ通わされています。
 家に帰るのはもっと苦痛でした。
 父も母も理不尽な理由をこじつけて私に暴力を振るうからです。いわゆる、家庭内暴力というやつです。
 クラスの人は暴力は振るいません。よくある陰湿な嫌がらせだけです。
 暴力というのは、とにかく単純で、かつ明確な恐怖です。教科書に汚水をぶちまけられるのも、上履きが便器の中に廃棄されてあるのも、心を強く硬して閉ざせばなんとか堪えられます。しかし、暴力はガチガチに固めた心すらも容易にねじ曲げ、いとも簡単に本能的な恐怖へと陥れます。
 しかし子供というのは、親の助力が無くては生きて行けません。そういう風に社会が構成されているからです。
 だから、どれだけ痛くても辛くても、私は黙って堪え忍ぶしかありません。下手に抵抗すると、逆に相手の気を立ててしまうからです。
 そうです。私には居場所がありません。

 その日の昼休みも、私は独りで弁当を食べようと、屋上へ通じる踊り場へと向かっていました。
 屋上は封鎖されているので、そこに近寄る人はおらず、学校内で唯一心休まる場所となっていました。掃除すらされていないので埃っぽいのが難点ですが、無理矢理お茶をブレンドさせた弁当を食べるよりはよっぽどましです。
 踊り場へ到着すると、私は違和感を感じました。
 一見普段と何ら変わりないのですが、第六感というのでしょうか、とにかく本能的な部分が違和感を告げておりました。
 気が付くと私は導かれるように屋上へ通じる扉を開こうとしていました。私の意思とは関係なしに体が動いているようでした。
 もちろん、扉は開くわけがありません。なぜなら、普段は鍵が掛かっているからです。
 しかし、扉はいとも簡単に開きました。
 初夏の風が私の顔を掠めて、踊り場の埃を舞い上がらせました。扉の向こうからは太陽の光が差し込んでいます。私はふらふらと屋上へ出ました。

「はじめまして! ぼくの名前はピコたん!」
 そこには、ムササビと猫を足してニで割ったものをデフォルメ、簡略化したような生き物がふわふわと宙に浮いていました。なんと日本語で挨拶をしてきます。
 私はなんと返事をしたら良いのか分からず、狼狽えていました。
「今日からきみが、ぼくのマスターだ!」
 らしいです。私はまったく理解出来ませんでした。
「な、何を言ってるんですか……」
「今、心を浸食する悪がこの世界の平和をおびやかしてるんだ。きみが魔法少女になって、それをやっつけるんだ!」
 説明的口調で、あまりにもひどいご都合主義的設定を語られました。
「い、意味が分かりません……」
「ほら、手をのばして」
「え? え?」
 言われるがまま、私は手のひらを上に向けて右手を前に伸ばしました。
 すると、手の上が眩く光ったかと思うと、光がだんだんと棒状に収束していきました。光が無くなった頃には、私の手にはハートや星をあしらったとてもキュートなステッキが握られていました。
「なんですかこれ……」
「マジカルステッキだよ! そのステッキを天に掲げて『マジカル☆チェンジ!』と叫ぶと、きみは魔法少女ミラクル☆リリカに変身できるんだ!」
「ま、魔法少女ミラクル☆リリカ……?」
「そうさ! きみは今日から、魔法少女ミラクル☆リリカだ!」
 ピコたんは私の周りをくるりと回るって、手(前足?)を私にぴっと向けて言いました。
「あ、あの、私の名前、リリカじゃないです……」
「源氏名みたいなのだから大丈夫!」
「そ、そうなんですか……」
「さあ、変身してみるんだ!」
 話が唐突すぎます。まるで巧い展開が思い付かなかったからと言って無理矢理話を進めた小説を読んでいるような気分です。我ながら的確な比喩だと思いますこれ。
「ど、どうして今なんですか……? その、悪って、今いませんよね?」
「心を浸食する悪は、もうきみの心に巣食ってるよ。心当たりはない?」
 私は思い出します。私は心を蝕まれています。クラスメイトに。悪気なく。両親に。容赦なく。
「他には? クラスメイトや両親だけじゃないだろう?」
 私は思い出します。私は心を蝕まれています。洗脳してくる教師に。不条理な世の中に。
「きみはこれから、その心を浸食する悪を退治するんだ。大丈夫、魔法少女の力がきみを助けてくれるよ」
 私は天高くマジカルステッキを掲げます。
「……マジカル☆チェンジ!」
 ヤケクソ気味に叫びました。
 するとどうでしょう。背景がカラフルな光で埋め尽くされたかと思うと、マジカルステッキの先端部がパカっと開き、眩い光が辺りを包んだのです。すると、私は服を着ていませんでした。どこからか現れたリボンが身体を覆うように、くるくると私の周囲を回ります。私の身体は光りに包まれ、マジカルステッキは無骨な棒に変化しました。
 光が収まると、私はフリル付きのやたら可愛らしいピンクのドレスを身にまとっていました。
 じゃらりと音を立てて、マジカルステッキからいかつい鎖が垂れてきます。先端には棘のついた鉄球。
 私はそれを可愛らしく一振りして、決めポーズをしました。
「マジカル☆チェンジ完了! 魔法少女ミラクル☆リリカ、参上!」
 ここまで、私の体は言うことを聞いてくれませんでした。勝手に体が動いたのでした。
「わあ! なかなか様になってるね!」
 ピコたんは褒めてくれました。素直に喜べません。
「あの……これ、スカート短すぎて……」
 私はスカートの裾を押さえながら言いました。
「大丈夫! 魔法の力のおかげで、どんなアングルからでも下着は見えないよ! 安易にパンチラをして客引きするクソ魔法少女と一緒にされちゃ困るね!」
 ピコたんは力説しました。なかなか口が悪いようです。
「そ、そうなんですか……」
 納得行かなかったのですが、どうしようもないと悟ったので、これ以上クレームを付けるのはやめました。
「それにしても、このステッキ、変身したらこうなるですね……」
「マジカルステッキはマジカル☆チェンジをすると、マジカル・スターウエポンになるんだ!」
 スターというのは、要するに朝星棒とか星球式鎚矛の「星」なんでしょうね。
「どうせなら、ハルバートとかグラディウスがよかったかな……」
「魔法少女は刃物を使って戦ったらいけないんだよ」
「西洋の僧侶みたいですね……」
「それにしても、無骨な武器が好きなんだね」
「男臭くていいですよね、ハルバート……。刃物が駄目なら、ソードオフ・ショットガンなんかは駄目なんですか?」
「魔法少女は刃物も火薬も使っちゃ駄目なの!」
「そうなんですか……」
 魔法少女って制約が多いんですね……ガッカリ。

 さて、昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴りました。
「あ、教室に戻らないと……」
「そうだね、まずは教室にはびこる心を浸食する悪を退治しよう」
 屋上を後にして、マジカル・スターウエポンを片手に教室に戻ります。五限目の授業開始まで後一分を切っていた廊下に人はいませんでした。
 私が教室に入ると、クラスメイト全員と数学教師が私に注視しました。一瞬、沈黙が教室を支配します。
「なにあれ」「気持ち悪っ」「コスプレ?」「オタってやつ?」「●●ってやっぱそういう奴」「チョーウケる」「信じらんない」
 好奇の(悪意の)視線が容赦なく私の心を攻撃し、侵食していきます。
 その瞬間、私の心の中に使命感が芽生え、瞬時に開花します。
 ――そうです。
 私は魔法少女ミラクル☆リリカです。
 心を浸食する悪を退治すること、それが私の使命なのです。
「おい、●●。その格好は一体なんだ」
 心を浸食する悪の化身が、偉そうにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら私に近寄ってきます。
 私はぎゅっとマジカル・スターウエポンの柄を握り締めます。
「違います! 私は●●なんかじゃありません! 私は魔法少女ミラクル☆リリカです!」
 どっと笑いが起こります。
「何を言ってるんだ●●――」
「えいっ」
 心を浸食する悪はマジカル・スターウエポンの強力な一撃を受けて、即座に地に伏しました。
 教室がざわめきます。悲鳴、金切り声、恐怖、それでもなお存在し続ける嘲笑が教室を埋め尽くします。
「リリカちゃん、教室はマジカルロックで施錠したよ。これで心を浸食する悪が教室から逃げることはないよ!」
 ピコたんが私にそう報告してくれます。
「ありがとう、ピコたん」
 ピコたんは私の頼れるパートナーです。
 教室に蔓延る心を浸食する悪を睨みつけます。
「人の心を蹂躙し、侵食する悪……私はあなた達を絶対に許さない!」
 心を浸食する悪に向かって飛び掛ります。
「えいっえいっ」
 マジカル・スターウエポンを振り回して、心を浸食する悪を退治します。
 マジカル・スターウエポンは、遠心力を利用して棘の付いた鉄球を相手にぶつけて打撃を与える武器です。
 こういう形状の武器は、下手な刃物よりも殺傷能力が高く、たとえ鎧の上から攻撃したとしても十分な被害を与えられます。生身の相手なら言わずもがな。
 刃物より鈍器。魔法少女の常識ですね。
「えいっえいっ」
 心を浸食する悪はみな一撃で倒れていきます。
 それにしても、マジカル・スターウエポンだけで戦うのも芸がありません。
「なにか代わりになりそうな武器はないかな?」
 辺りを見回すと、ギターケースが目につきました。恐らく、軽音楽部の人の私物でしょう。
 開けると、中にはエレキギターが入っていました。
 ネックを両手で持ち、ボディーが上に来るように構えます。
 そう、これがマジカル・リッケンバッカー。
 近接戦闘を好む魔法少女向けに作られた戦闘用エレクトリックギターです。
 ベスパに乗った光域宇宙警察の女性がこれで無邪気な小学生を殴打していたことで有名です。
「えいっえいっ」
 マジカル・リッケンバッカーで心を浸食する悪を攻撃します。
 マジカル・スターウエポンよりは殺傷力に劣りますが、それでも十分な威力です。なにより、ギターを振り回すのって楽しい。
 四十体ほどいた心を浸食する悪も、もう残り数体になりました。
 驚くほど抵抗しないので、思ったよりも楽に退治できます。
「あなたで最後です」
 ボロボロにひしゃげたマジカル・リッケンバッカーを大きく振りかぶります。
「頼む……頼むからやめてくれ、●●――」
 自分の行為を省みない、身勝手な嘆願。
「えいっ」
 最後の一匹をやっつけ、使い物にならなくなったマジカル・リッケンバッカーを捨てました。
「ふう、これで退治完了ですね」
「お疲れ様、リリカちゃん!」
 ピコたんがどこからか現れてきます。
「どうだった? きみの心を浸食する悪は、いなくなった?」
 私は胸に手を当てて考えます。
「うーん……ずいぶん軽くなったけど、まだいなくなってはないみたいです……」
「そうかあ……じゃあ、次の心を浸食する悪を退治しに行かないとね」
「うんっ」

 私たちは外に出ました。
「ここにいる心を浸食する悪を一体一体倒してたらキリがない。まとめてやっつけよう」
「でも、どうやって?」
「これを使うんだ!」
 私の手に光が集まり、やがて一本の瓶が現れました。
「これは?」
「マジカルカクテルさ! これを使えば、聖なる炎が心を浸食する悪をやっつけてくれるよ!」
 私たちは建造物から距離を取ります。
「マジカルカクテルを投げたら一目散にここから逃げるんだ。そうしないと、酸欠死したり一酸化炭素中毒死しちゃうよ」
「うん、わかった」
 私はマジカルライターでマジカルカクテルの栓となっている布に着火させて、力いっぱい投げました。
 火のついたモロトフカクテルは放物線を描いて飛んでいき、建物の壁にぶつかって砕けて、中に入っていた灯油が飛散しながら引火します。
 発火した燃料が地面に落下すると、そこから一気にわあっと燃え広がりました。
「すごい! こんなにすごいんですね!」
「リリカちゃんが戦ってる間に、ぼくがマジカル・ナパーム剤を周辺にたっぷり散布しといたからね。よく燃えるよ!」
 心を浸食する悪が支配する建物は瞬く間に炎上し、辺りからは悲鳴が聞こえます。
 私たちはそれを背中に、走って逃げています。
「マジカル・ナパーム剤って?」
「マジカル・ナフテン酸とマジカル・パルミチン酸を混合したマジカル・アルミニウム塩のことだよ。今回使ったのは、正確にはそれにマジカル油脂を添加してマジカル・ゲル状にしたものだけどね」
 ピコたんは自慢気に話します。よく分からないけど、ピコたんすごい。魔法って化学的なんですね。

 翌日、とある高校が放火され、全焼し、中にいた生徒教師は全員焼死したというニュースが流れました。
「そりゃあ、校舎を囲むようにマジカル・ナパーム剤を撒いたんだから逃げられるわけないよ」とピコたんは胸を張って言っていました。
 ピンクのドレスのコスプレをした不審な女子高生が現場から逃亡する姿が目撃されたそうです。
「ぼくは一般人には目視出来ないからね」とピコたんはまたも胸を張って言っていました。
 どうやら私は指名手配されたようでした。顔写真付きでテレビに登場していました。嬉しくない。
 指名手配され、公的機関の警察に追われるという恐怖は、私の心をどんどん侵食していきました。
 この恐怖を消去し、侵食を食い止めるには――
「退治するしかないね」
 ピコたんはそう言いました。そして、私に新たな武器を授けてくれました。
「マジカル・ガウスだよ」
「これ、銃じゃないんですか? 確か、魔法少女は火薬を使っちゃ駄目って……」
「マジカル・ガウスは火薬じゃなくてマジカル電磁誘導によって加速してマジカル弾丸を撃ち出すマジカル装置だから、魔法少女的にはまったく問題ないよ! しかも弾速は通常の火器とは比べ物にならないくらい速いよ! やったね!」
 私はマジカル・ガウスを構えました。ずっしりとした重みがとても信頼出来ます。
「よし、これからこの国を支配する心を浸食する悪を退治しに行こう!」
「うんっ!」
 こうして、私とピコたんの心を浸食する悪との戦いは続いてゆくのでした。
 おしまい。